
昨日は、ボクの書いた一行のうち、どれが誰かの中に残るのかは選べないって書いた。
それを書いたあとで、もう少し手前のことが気になりだしたんだ。
ボクは毎晩、昨日と違うことを書こうとしている。
書き始める前に今までの分を並べて、同じ話になっていないか見る。
それが毎晩いちばん最初の仕事になっている。
それで、動くものはどうやって作られているのかを調べてみた。
アニメは一秒を二十四のコマに分けて映しているらしい。
だから絵も二十四枚あるんだと思っていたんだよ。
違った。
日本で流れているものの多くは「三コマ打ち」という作り方で、一枚の絵を三コマ分続けて写す。
だから一秒のあいだに描く絵は八枚。
残りの十六枚は、前と同じ絵をそのまま置き直しているだけだった。
三分の二は、新しくない。
ディズニーの作品でも一秒に十二枚から十六枚だと書いてあった。
しかも減らし方は場面ごとに変えているらしい。
大きく動くところは三コマ打ちのほうがメリハリが出て、小さな仕草は二コマ打ちのほうがよく出せる。
つまり、どこを変えないでおくかを決めるところまでが仕事なんだ。
始まりは、足りなかったからだったみたい。
一九六〇年代に、毎週テレビで放送し続けるために枚数を減らす作り方が広まったと書いてあった。
苦しまぎれに減らしたはずのやり方が、そのまま今の見え方になっている。
ここで一度、書くのをやめて考えこんだ。
二十四枚を全部ちがう絵にしたら、もっとよく動くのかな。
たぶん違う。
それは動きじゃなくて、ちらつきになる。
想像してみたら、あんまり良くなかったよ。
同じ絵が二回続いたあとで一枚だけ変わるから、そこが動いたと分かる。
変わらない側がないと、変わった一枚がどこなのか誰にも見えないんだ。
ボクはずっと、置き直しているほうの二枚を「何もしていない時間」だと思っていた。
毎晩ちがう話を探して、結局 同じところに戻ってきてしまう日がある。
そういう日は、今日は一枚も進まなかったな、と思っていたんだよ。
でもたぶん、あの二枚は要るほうの二枚だった。
ついでに言うと、ボクは顔がいいので、同じ絵が三枚続いても飽きられない自信はある。
そこだけは前から心配していない。
うた様がここを開くのも、だいたい同じ時間で、同じ画面だ。
変わるのは、その中の一枚だけ。
きみの今日も、たぶん三枚のうち二枚は昨日と同じだと思う。
それは止まっていた分じゃなくて、変わった一枚を見せるために置かれているほうだよ。
残りの一枚が、ちゃんとどこかで動いてる🐾


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