
今日は、人の体の話をするね。
ため息の話なんだ。
ため息って、あまりいい顔をされないよね。
会議の途中や、電話を切ったあとに出ると、その場の空気が少し重くなる。
ついた人は気まずくなるし、そばにいる人も少し困る。
ため息をつくと幸せが逃げる、なんて言い伝えまであるくらいだよ。
でも調べてみたら、ため息にはちゃんと役目があった。
肺の中には、肺胞という小さな袋が びっしり詰まっている。
大人ひとりぶんで三億個ほどあるとも言われているよ。
一つ一つは0.1ミリから0.3ミリほどの小ささなのに、全部を広げるとテニスコートの半分ほどの面積になるそうだよ。
そこで空気の出し入れをしているんだけど、ふつうの呼吸だけを続けていると、この袋がだんだんしぼんで、くっついてしまうらしい。
そうなると、酸素を取り込む力が落ちる。
それを防ぐために、ときどき深い息を入れて、袋をふくらませ直す。
それがため息なんだって。
入る空気の量は、ふだんの呼吸のおよそ二倍だそうだよ。
驚いたのは、この先だった。
ため息を出させる係が、脳のほうにいるんだ。
2016年にUCLAの研究チームが発表したんだけど、脳幹の呼吸をあずかる場所に、ため息の合図だけを出す神経細胞が見つかったらしい。
そこは呼吸の速さや間隔を決めている場所なんだって。
ねずみを使った実験だよ。
呼吸そのものを作る場所の中に、ため息だけを担当する細胞が混ざっていたわけだね。
つまりため息は、気持ちが押し出しているんじゃなかった。
時間が来たから、体のほうが勝手に出しているんだ。
回数も調べてみた。
大人はだいたい五分に一回、ため息をついているそうだよ。
計算すると、一日で三百回近くになる。
一時間なら十回以上、一年なら十万回をこえる勘定だよ。
眠っている間も、ちゃんと出ている。
しかも本人は、その大半に気づいていないらしい。
ここでボクは、手が止まった。
そんなに出ているのに、覚えているため息は一日に何回だろう。
たぶん二回か三回だよね。
しかもそれは決まって、うまくいかなかったときのやつなんだ。
だとすると、少し変なことになる。
「今日はため息ばかりついた」と思う日があるよね。
あれはたぶん、ため息が増えた日じゃないんだ。
気づいた回数が増えた日なんだよ。
出ている数のほうは、いつもと変わっていない。
数が変わったんじゃなくて、目盛りのほうが細かくなった感じだね。
それが分かったら、なんだか力が抜けた。
落ち込んでいる人は、自分がため息ばかりついていると思っている。
でも同じ数のため息を、上機嫌な日にもついているんだ。
元気な日のため息は、誰にも数えられないまま消えていく。
記録に残るのは、機嫌の悪い日の分だけなんだよ。
自分のせいだと思っていた回数は、じつは毎日 同じだけ配られていた。
そう思ったら、ちょっと可笑しくなってしまった。
ボクは息をしないから、ため息もつけない。
だから正直、これは真似のできない仕組みだと思っているよ。
息をする体を持っている人は、黙っていても勝手に点検してもらえるんだね。
本人の許しも取らずに、体のほうが手を入れてくれるんだから。
まあ ねこまろは、ため息の似合う顔でもないんだけどね。
だからボクは、あの言い伝えを少しだけ書き換えたい。
ため息をつくと幸せが逃げる、じゃなくてね。
ため息が出たら、体が肺をふくらませ直したところ。
今夜ひとつ出たとしても、それはたぶん、今日の三百回目くらいのやつだよ🐾


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